国際プロレス DVD

2010年8月20日発売

国際プロレスクロニクル 上巻[DVD]
5枚組カラー1,000分予定/税込¥21,000/品番SPD-1328

内容紹介
1966年10月の設立から1981年8月の崩壊まで、約15年間にわたり日本のプロレスに一時代を築いた国際プロレス。故・吉原功社長を中心に、5月24日に急逝した「金網デスマッチの鬼」ラッシャー・木村、マイティ・井上、アニマル・浜口、大木金太郎、グレート・草津、寺西 勇、阿修羅・原らが繰り広げた激闘の数々(テレビ東京放映時代)を、30年の時空を経て今ここに完全再生(収録試合は、すべて初めてのソフト化)。また、創立から崩壊までの全・パンフレット(全ページ)についても、上下巻に分け画面で完全収録。

ダイナマイト・キッド今週は、今までの更新と比較してみても、「最もマニア色の強い」超・渋いカードが続々と収録決定されました(今までも全部そうじゃねえか!と突っ込まれればそうなのですが 笑)。ともあれ、さっそく行ってみましょう!

原進プロレス転向記者会見(昭和52年11.29高田馬場ビッグボックス)
マイティ井上、アニマル浜口 対 高千穂明久、サムソン・クツワダ(アジア・タッグ選手権 昭和52年11.30 静岡県駿府会館)
マイティ井上、アニマル浜口 対 グレート小鹿、大熊元司(アジア・タッグ選手権 昭和53年1.2 後楽園ホール)
原進、遠藤光男、リング上で正式な入団の挨拶(昭和53年2.26 後楽園ホール)
大位山勝三 対 ジプシー・ジョー(金網デスマッチ 昭和53年4.26 岡山武道館)
マイティ井上、稲妻二郎 対 ミスター・ヒト、ボブ・マーカス(同)
ラッシャー木村、グレート草津 対 クルト・フォン・ヘス、ザ・モンゴリアン〔同〕
グレート草津 対 クルト・フォン・ヘス(昭和53年4.27 津山市総合体育館)

写真昭和52年から53年にかけて井上、浜口が全日本の2チームを迎え撃つアジア・タッグ2試合はほとんどノーカットのロングマッチで、共にナニワ・ブラザースのベストバウトとも言える濃い名勝負だ。解説の芳の里さんが「浜口はプエルトリコとカルガリーの遠征から帰国して、見違えるような選手になったですね〜〜〜」と感嘆するが、確かに「昭和52年の浜口」は遠征前と別人のような自信に満ちた試合ぶりを見せており、特に高千穂との攻防が素晴らしい。高千穂はこの試合の4年後にアメリカでザ・グレート・カブキに変身したわけだが、高千穂時代のベストバウトもまた、この試合だったと思う。アジアタッグは日本プロレスが解散(昭和48年4月)してから3年近く「休眠」し、昭和51年の3月に全日本で復活したが、この国際プロレスとの対抗戦によって輝きを完全復活したベルトだったと思う。
大位山とジョーの金網デスマッチは今でも語り草になっている有名な一戦。ジョーが「金網テッペンからのニードロップ」を大位山に投下しての完全KO勝ちだったが、わき腹にニードロップを食った大位山が、アバラを数本ヘシ折られた衝撃のシーンがこれだ。数ある金網デスマッチのビデオで、最も凄惨だったフィニッシュの一つ。
そして、今年の4月に67歳で亡くなられたミスター・ヒトさんの初登場にも注目。受け身の巧さがヒトの身上だったが、この試合でも名人芸を随所に見せてくれる。昭和48年1月に永源と渡米したヒト(安達)はカンザス、カルガリーでトップを取り、昭和51年に全日本にフリー参戦。そして52年から54年まで国際にフリー参戦し、54年の暮には新日本にキム・クロケイドをブッキング。55年正月の「ダイナマイト・キッド争奪戦」(新日本 vs 国際)のときのキーマンでもあった。59年まで新日本と密接な関係を続けたが、59年暮にキッド、スミスを全日本に移籍させて話題を呼んだ。いずれにせよ、現役レスラーとしてのミスター・ヒトは意外に映像に残っておらず、職人レスラー・ヒトを映像で残した本DVDは非常に貴重だ。今回改めて見て、ヒトは「日本プロレスの匂いが残る」選手だなあ、と強く感じた。
試合フィルムではないが、高田馬場ビッグボックスにおける原進のプロレス転向記者会見には当時(昭和52年)に国際プロレスに所属していた全レスラーにカメラが向けられ、このDVDには試合のない高杉、米村、奄美、ムラサキら中堅精鋭陣や前溝レフェリーの生き生きした表情が映しだされるのも、国際マニアにとっては涙ちょちょ切れ!たまらない特典映像である(まだ菅原、冬木は入門前だったので残念ながら、映っていない)。米村さんとは、国際のモーレツ営業マンだった根本さんを交えて、よく横浜でお酒を飲ませて頂いた。関内にあったプロボクシング世界チャンピオンの花形進さんのお店に行ったとき、花形さんが米村さんの太い腕にびっくりしてたっけ・・・米村さん、お元気ですかあ!
クルト・フォン・ヘス、ザ・モンゴリアン(サパタ・マルチネツ)はかつて新日本に来た曲者で、特にヘスは猪木、坂口を相手に北米タッグ王座を賭けて何度も戦ったことで有名な選手。さすがにかつてのパートナー、カール・フォン・ショッツと見せたようなタッチワークは望むべくもないが、ベテランらしい細かい動きは流石だ。
阿部修レフェリーの引退にともない、昭和53年からレフェリーとして国際プロレスに入団した元ボディビルダーで、ミスター日本のタイトルを獲得した遠藤光男が、リング上で見事なポージングを見せる場面も貴重。「レスラーより腕力の強いレフェリー」として話題となったものである。グレート草津も、ここで初登場。電光石火の4の字固めがクルト・フォン・ヘスに鮮やかに決まるシーンは、いかにも草津らしさ爆発のカッコよさだ。

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