ジャケット写真 プロレス・スーパースター列伝

グレッグ・バレンタイン&ルイ・ティレイ

商品番号 SPD-1522
収録時間 100分
価格 税込¥5,184(本体価格¥4,800)
カラー カラー
音声 STEREO
字幕  
リージョン ALL
ディスク種類 片面1層
POS コード 4941125615228
ISBN コード ISBN978-4-86308-378-3 C3875 Y4800E
発売日 2012.02.18
VHS作品の有無  
内容 プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇姿と現在の素顔を追った感動のドキュメント

数十年に渡り、ショービジネスの本場アメリカにあって、娯楽の中心であり続けたアメリカンプロレス。その人気を支えたのは個性溢れる様々なスターレスラー達であった。彼らの往年の名勝負、現在の姿、インタビュー、メッセージなどで構成されたファン感涙のドキュメント。第22弾は、グレッグ・バレンタイン&ルイ・ティレイ
収録内容  
出演

父親譲りの実力ファイター
グレッグ・バレンタイン
父である妖鬼ジョニー・バレンタイン譲りの毒針エルボー攻撃を得意とし、新日本プロレスの常連外人として藤波、長州らと激闘を繰り広げたグレッグ・バレンタイン。
1950年9月10日、ワシントン州シアトルに生まれる。1970年、大学を辞めレスラーになることを決意。カルガリーのスチュ・ハートの下で修行を積み、7月、アンジェロ・モスカを相手にデビュー。半年後デトロイトに移り、ザ・シークのトレーニングを受ける。翌1971年から74年にかけ、ドン・ファーゴとファーゴブラザースを結成し、ジョニー・ファーゴを名乗る。その後単身フロリダに転戦しグレッグ・バレンタインに改名。1975年10月の飛行機事故で父ジョニーが引退し、息子であることを正式に表明した。76年、ミッドアトランティック地区でリック・フレアーとタッグを結成。金髪のゴージャスコンビとして売り出し世界タッグ王座を奪取。78年、WWFに進出。王者バックランドの好敵手として活躍。その後はNWAとWWFをまたにかけトップレスラーとして活躍を続けた。84年以後はWWFマットに定着。インターコンチネンタル王座や世界タッグ王座を獲得。91年に離脱しその後はインディ団体を転戦。2004年WWF殿堂入りを果たした。

幸せのエンジェルと共に
ルイ・ディレイ
「フランスの流血王」と異名を持ち、一度も来日しなかったが、日本においては1960年代から70年代にかけ「まだ見ぬ強豪」のリストに常にランクされていたルイ・ティレイ。
1950年代後半はカナダのオタワ、モントリオール、ケベックシティを中心とするサーキットで中堅に甘んじていたが、1960年に南部ジョージア、テネシー、テキサス、カロライナ地区に南下してから本領を発揮。南部各州のシングル、タッグの王座を総ナメにした。1965年の6月から11月にかけては、当時テキサス州をサーキット中であった若き日(23歳)のアントニオ猪木とライバル関係にあり、タッグで34回、シングルで6回の対戦記録が残っている。シングルは1勝4敗2引き分けと劣勢だったが、最後の対戦となった1965年11月2日、ダラスにおける対戦では隠し持った鉄パイプ凶器で猪木を突き、遂にフォール勝ちをおさめて執念を見せた。1975年にはロサンゼルスでレス・ソントンを破りアメリカス・ヘビー級、同じくジョン・トロスとのコンビでアメリカス・タッグ王座の2冠を奪取し、新日本への来日も噂されたが土壇場の負傷で実現しなかった。デスマッチにも強い典型的な流血ファイターとして、黄金時代のアメリカ・マットを彩った名脇役の一人である。

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