ジャケット写真 プロレス・スーパースター列伝

アレックス・スミルノフ&ラウル・マタ

商品番号 SPD-1517
収録時間 102分
価格 税込¥5,184(本体価格¥4,800)
カラー カラー
音声 STEREO
字幕  
リージョン ALL
ディスク種類 片面1層
POS コード 4941125615174
ISBN コード ISBN978-4-86308-335-6 C3875 Y4800E
発売日 2011.07.20
VHS作品の有無  
内容 プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇姿と現在の素顔を追った感動のドキュメント

数十年に渡り、ショービジネスの本場アメリカにあって、娯楽の中心であり続けたアメリカンプロレス。その人気を支えたのは個性溢れる様々なスターレスラー達であった。彼らの往年の名勝負、現在の姿、インタビュー、メッセージなどで構成されたファン感涙のドキュメント。第17弾は、国際プロレスのトップ外国人レスラーとして長年日本のファンに親しまれ、アメリカマットでもロシアンギミックの第一人者として活躍したスミルノフ、70年代にメキシコの鷹と呼ばれてロス地区で活躍したマタが登場。
収録内容  
出演 フランス系ロシア人!? 流血怪人
アレックス・スミルノフ

ロシアンギミックの代表選手として70年代に活躍し、日本でも流血怪人の異名とともに国際プロレスの常連として親しまれたアレックス・スミルノフ。
高校時代よりレスリングを始め、エドワード・カーペンティアのコーチを受けて1969年にプロレス界入り。1976年、イワン・コロフに勧められてアレックス・スミルノフに変身。ロシアン・チェーン・デスマッチでの悪役ぶりが人気を呼び、サンフランシスコを皮切りに各地で活躍した。1977年9月、国際プロレスに初登場。ラッシャー木村の好敵手としてエース外人となり、木村の連続防衛記録を27でストップさせるなど、IWA王座を巡って何度も名勝負を繰り広げた。国際プロレスが消滅した後は新日本との激しい争奪戦の末に全日本プロレスに出場。1981年10月、全日初登場でジャンボ鶴田のUN王座に挑戦し、以後もトップヒールの一人として活躍した。アメリカではNWA地区を中心にイワン・コロフらとのタッグチームで暴れ回り、1984年、WWFの全米進出サーキットに招かれ大きな存在感を示した。1988年に引退。


コンクリートに生きるメキシコの鷹
ラウル・マタ

70年代にメキシコの鷹のニックネームでロサンゼルス地区を中心に活躍したラウル・マタ。メキシカンライトヘビー級王座を通算3年以上に渡り保持するという、王座防衛記録を残した。
1960年代にメキシコEMLLマットでデビュー。1968年11月、ドクトル・ワグナーを破り空位だったメキシカンライトヘビー級王座を奪取し初戴冠。1972年6月、エンリケ・ベラに破れてタイトルを失うとロサンゼルス地区に進出。EMLL時代の仲間であるドリー・ディクソン、レイ・メンドーサと組みアメリカス・タッグ王者となった。さらに1973年末から76年にかけ、マタはビクター・リベラやチャボ・ゲレロ、実弟カルロス・マタらとのタッグでアメリカス・タッグ王座を5度戴冠。通算7度の王座に輝き、メキシコの鷹のニックネームとともに絶大な人気を誇った。1977年12月、メキシコに戻りエル・ハルコンを破りメキシカン・ヘビー級王座を奪取。その後もロサンゼルスとメキシコをまたに掛けて活躍し、1980年1月にはアルフォンソ・ダンテスを下しNWAライトヘビー級王座を1年近く保持した。引退間近の1985年、カール・ゴッチの紹介で第一次U.W.F.に来日を果たした。
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