ジャケット写真 プロレス・スーパースター列伝

ヒロ・マツダ&ポール・ジョーンズ

商品番号 SPD-1511
収録時間 105分
価格 税込¥5,184(本体価格¥4,800)
カラー カラー
音声 STEREO
字幕  
リージョン ALL
ディスク種類 片面1層
POS コード 4941125615112
ISBN コード ISBN978-4-86308-267-0 C3875 Y4800E
発売日 2010.08.20
VHS作品の有無  
内容 プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇姿と現在の素顔を追った感動のドキュメント

数十年に渡り、ショービジネスの本場アメリカにあって、娯楽の中心であり続けたアメリカンプロレス。その人気を支えたのは個性溢れる様々なスターレスラー達であった。彼らの往年の名勝負、現在の姿、インタビュー、メッセージなどで構成されたファン感涙のドキュメント。第11弾はヒロ・マツダとポール・ジョーンズ。
収録内容

フリーランス成功の先駆者、日本の虎
ヒロ・マツダ

アメリカマットにおいて最も大きな成功を収めた日本人レスラーの一人。カール・ゴッチに学んだ関節技とジャーマンスープレックスを駆使し、華麗なテクニシャンとしてアメリカマットで地位を獲得した。そのスマートなスタイルは日本マットでも絶大な人気を誇り、日プロ、国際、全日本、新日本とあらゆるリングに招聘された。ゴッチ直伝の正統派ジャーマンを修得した初めての日本人レスラー。
高校時代は野球部のエースとして活躍。卒業後日本プロレスに入門。しかし力道山の体質に合わず、3年後に退団。ペルーに渡り、エルネスト・コヒマのリングメームで活躍した。その後メキシコに転戦しエル・サントらと対戦。さらにアメリカへと転戦し、ヒロ・マツダを名乗った。1964年11月、フロリダ州タンパでダニー・ホッジを破りNWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得。同王座を賭けたホッジとの対戦は各地で大人気を呼んだ。
1966年5月、日本プロレスに参戦。本場アメリカのトップレスラーとして旋風を巻き起こした。1967年、吉原功が設立した国際プロレスにエース&外国人ブッカーとして参加。旗揚げ戦でホッジのNWAジュニア王座に挑戦するなど活躍が期待されたが、グレート東郷のブッカー参入に反発し2シリーズで離脱。以後はアメリカマットをメインに、全日本プロレス、新日本プロレスに参戦した。
セミリタイアした後は、NWA、WCWブッカーを務めながらフロリダ州タンパに道場を設立。厳しい指導でハルク・ホーガン、ディック・スレーター、ポール・オンドーフ、レックス・ルーガー、ロン・シモンズなど、多数の一流レスラーを育てた。
1999年11月27日、肝臓ガンのためフロリダ州にて死去。享年62歳であった。

火を噴く人間ゴマ!牧童コンビの片割れ
ポール・ジョーンズ

ネルソン・ロイヤルとの牧童コンビとして日本マットでも活躍したポール・ジョーンズ。
1960年にボクシングでテキサス州ゴールデングローブ王者となり、その後プロレス入り。ノースカロライナでロイヤルとの牧童コンビを結成し、出世街道に乗った。1969年2月、日本プロレスに初来日。猪木&大木組のアジアタッグ王座に挑戦し、翌年の第12回ワールドリーグ戦、さらに71年の第2回NWAワールドリーグ戦にも参戦。コンビ解消後もフロリダヘビー級王者となり、全日本プロレスマットにも登場した。
70年代後半にはNWAミッドアトランティック地区でベビーフェイスとして活躍。シングル王座を2度獲得し、リッキー・スティムボートやマスクド・スーパースターらとのコンビでタッグでも活躍した。80年からは悪のマネージャーに変身。ザ・ポール・ジョーンズ・アーミーとしてヒール軍団を結成し軍団抗争を指揮した。
その後ノースカロライナ地区シャーロッテでインディ団体を運営したが、1991年にリタイア。ボディショップ等の経営を行っている。

出演  
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