ジャケット写真 プロレス・スーパースター列伝

イワン・コロフ&ニキタ・コロフ

商品番号 SPD-1506
収録時間 105分
価格 税込¥5,184(本体価格¥4,800)
カラー カラー
音声 STEREO
字幕  
リージョン ALL
ディスク種類 片面1層
POS コード 4941125615068
ISBN コード ISBN978-4-86308-230-4 C3875 Y4800E
発売日 2010.03.20
VHS作品の有無  
内容 プロレスの歴史を作って来たスーパースターたち
往年の勇士と現在の素顔を追った感動のドキュメント

数十年に渡り、ショービジネスの本場アメリカにあって、娯楽の中心であり続けたアメリカンプロレス。その人気を支えたのは個性溢れる様々なスターレスラー達であった。彼らの往年の名勝負、現在の姿、インタビュー、メッセージなどで構成されたファン感涙のドキュメント。第6弾は1ヶ月足らずのWWWFチャンピオン・イワン・コロフ と大変貌、ロシアの鬼ニキタ・コロフ 。 
収録内容

1ヶ月足らずのWWWFチャンピオン
イワン・コロフ

髪を剃り、コサック帽とブーツを身に付けたロシア系悪役というギミックを創り上げたイワン・コロフ。WWWFマットに登場するや、絶大な人気を誇っていた人間発電所ブルーノ・サンマルチノの敵役として活躍し、一時はWWWFチャンピオンの座をも手中にしたトップレスラーである。同じギミックを使った数多くの亜流レスラーと組み、タッグの名手としても長年活躍を続けた。
1965年、出身地でもあるカナダ・オンタリオでデビューし、その3年後にロシア人、イワン・コロフに変身して悪役人気を獲得。ハンス・シュミット、エド・カーペンティアらと対戦して実績を積んだコロフは、1969年、ニューヨークマットに進出。悪のマネージャー、キャプテン・ルー・アルバーノとの絶妙な連携で観衆の憎悪を一手に集め、一躍スターレスラーとなった。ニューヨークの帝王サンマルチノとの度重なる抗争の末、ついにWWWFチャンピオンとなったコロフ。だがその王座はわずか1ヶ月で彼の手を離れることとなる。
日本プロレス、国際プロレス、新日本プロレスと日本へも度々来日。ジャイアント馬場、ストロング小林、アントニオ猪木らの王座へも挑戦した。
その後も大ヒールとして全米各地で活躍を続け、1984年からはNWAのミッドアトランティック地区でニキタ・コロフ、クラッシャー・クルシチェフとザ・ラシアンズを結成。ロード・ウォリアーズとの抗争は大きな反響を巻き起こした。
1990年に全日本、1992年にはW★INGに参戦して来日を果たしているが、1994年にプロレス界を引退。チャリティ活動などを行い幸せな老後を送っている。

大変貌、ロシアの鬼
ニキタ・コロフ

イワン・コロフの甥として、1984年、ミッドアトランティック地区にデビュー。クラッシャー・クルシチェフを加えたザ・ラシアンズでロード・ウォリアーズらと抗争を繰り広げ、当地のタイトルを総なめにした。ベビーフェースに転向後はダスティ・ローデスとのタッグで売り出し、AWAやWCWを転戦。1993年に引退した。ソ連人悪役として活躍した最後の一人である。
学生時代はアメリカンフットボールで活躍し、同郷の友人ロード・ウォリアー・アニマルに誘われてプロレス入り。ミッドアトランティック地区に登場するや、たちまちトップヒールとなり、ロード・ウォリアーズやロックンロール・エクスプレスといった人気者と激しい抗争を繰り広げ、絶大な人気を呼んだ。
1987年よりベビーフェイスに転向。ダスティ・ローデスとスーパーパワーズを結成し、NWA世界王者リック・フレアー率いるフォー・ホースメンと軍団抗争を展開。その後もマイク・ロトンド、バリー・ウィンダム、ビッグバン・ベイダーらとの抗争を続け、トップレスラーとして活躍した。
1993年、現役を引退。以後はキリスト教の宣教師に転身し、布教活動を行っている。
2003年10月に行われたホーク・ウォリアーの葬儀には、牧師として出席した。

出演  
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